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主に虚構に関する生起しつつあるテクスト

国書刊行会 未来の文学シリーズ 「第四の館」 R.A.ラファティ

 

 

  「トマス・モアの大冒険 ‐ パスト・マスター」(原題:Past Master)と並んで、ラファティ長編中の最高傑作と並び称される(らしい)のだけれど、ぼくはもう片方の代表作を読んでいないので比べようがない。残念。

 とはいえ、どっちが良いとかいうのは関係なく、興味深い小説であるのは確かだ。

 あとがきにて訳者の柳下毅一郎氏も書いているのだが、ラファティのもう一つの面がはっきりと表れていると思う。ぼくらの分かる形では整理されていない知識と思想のるつぼ的なものが特に見えてくる作品と言ってよいだろう。

 以下あらすじ引用

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 とってもいい目をしているが、おつむが足りない若き新聞記者フレッド・フォーリー。彼はテレパシーでつながって人間を越えた存在になろうとする七人組の 〈収穫者〉にそそのかされ、さる政界の大物が五百年前に実在した政治家と同一人物ではないかと思いつく。この記事を調べるうちに、フォーリーはいくつもの 超自然的友愛会が世界に陰謀をめぐらしていることを知り、熾烈な争いの中に巻きこまれていく―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 すっごくかいつまんで言うと、ちゃんと一人の主人公がいて、世界に影響力を持つ四つの勢力をそれぞれあっちゃこっちゃ取材して回って、アサイラムにぶち込まれたりする(かいつまみ過ぎ)。

  でも、これがおつむの弱い青年が世界を見て回って成長する青春グラフィティ的な物語かって言うとそうじゃない。いや、最後に青年に変化は訪れるけれど、それは物語の結果というより、天啓のように与えられるものにぼくには見えた(ちょい唐突というのもあるけれど)。

 この小説の読みとしては、人類進化テーマのSF、カソリックSF(宗教SF)というものがある。それについてはあとがきでも触れられているし、そうであること自体は特に深読みしなくても分かる。

 ラファティをより楽しむためにはどちらの方向でも読みを深めてみるのは必要だと思うけれど、とりあえずSF者は人類進化SFとして読んでみるといいかも知れない。

 もしくは自分で気になった部分を分析してみるのも面白いかも知れない。

 ぼくはラファティの文章技法を少しだけ分析してみた。

 まずは個々の文章を見るとトートロジーが多いようにみえる。というか実際に探そうとするとあんまり見つからないのだけれど、「Aは○○だからAである」というところを ” ○○ ” の部分に「そうだからそうだ」「事実そうなのだ」といった言葉が挿入され、まるで公理や法則として扱われるようにみえる。

(ついでに真逆である撞着語法も似たような使い方をされているように感じる)

 たぶん、それはラファティユニバースの自然法則(あるいはホラ)なんだろうな、と思っておく。区別する必要があるのかはちょっと疑わしいけど。

  その中には偏見や思い込みが特権化される過程を皮肉ったような表現もあって、笑える。たとえば、p.50の一段落目とか。

 ラファティの使っているのは一種の象徴主義のような気がする。ただし、個人の内面ではなく、集合的無意識(っていったら恰好つくかな)のような形の人類の内面を映しているように思える。まあ、ラファティも同じ人間であることだし、表面の論理や知識の配列や繋がりが分からなくても、集合的無意識という方面から攻めてみるのは一つの手段として有効そうだ。

 そう考えるとこれはそうした無意識下の四つの元型(アーキタイプ)が主導権争いを繰り広げる話にも見えてきて面白い。

 実際にそれぞれが、完成された人間を目指しているわけですしね。ま、それだけだと世界をそのままで維持しようとするパトリックの勢力がちょっとアレなんだけど。

 p.246~のヒキガエル、大蛇、鷹、アナグマの象徴は、原始的なアーキタイプとしてみれるし、「象徴を通じて無意識が我々に訴えかけようとしていると考える者もいる」とまではっきり書かれているので、こっちに指向性をもたせたのはまったくの間違いではない気がする。

 つーか、心理学はフロイトで止まってるぼくなのです。今度ユングも読んで出直してきますわ。まあ、時間をおいて再読の際にはもっと深い読みが可能になってるといいな(疲れた)。

 閑話休題

 ちょいと馬鹿話でも。

 それにしてもラファティおじさんは触手好きですよね。もうね、触手とか言われたらラヴクラフト思い浮かべちゃうじゃないですか、やだー(怒らないで下さい)。

 蜘蛛とかも出てきて、めっちゃアトラク=ナクアっぽいじゃないですか(C.A.スミス「七つの呪い」に出てくる蜘蛛の化け物っすよ)。

  あー、ラファティラヴクラフト読んでたかどうかとか超気になってキマシタワー!

 いや、わりとふつーに読んでそうですけど(影響受けてたんかな、みたいな)。

 

 もうラファティの小説には該博な知識をごった煮状態でぶち込んだら、激ウマ料理が出来ちまったぜみたいなところがあるので、料理の材料はなんだろうって考えるだけで(例えそれが想像にすぎないとしても)、超楽しいんだよね。

 とにかく俗に言うセンス・オブ・ワンダーとやらを存分に味わうことが出来ることは間違いないので、まずは読んでみるのがよろしいかと。

 

 なんだか、真面目な感想ばかり書くつもりで新たに始めたブログなのに、結局茶化さずにはいられないのは性でしょうか。困った。

 でもここで取り上げるのは鯨飲している書籍流の中で、感想書きたいと思う程度には興味深いものばかりなので、次回以降もおつきあいください。