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主に虚構に関する生起しつつあるテクスト

文章供養

※この文章は先日、某所に寄稿したものである。ただ、二本立てが半分に削られ、編集段階のミスで文章がぶつ切れになったりしたのが悲しいので、ここで供養することにする。その辺りについてはよんどころない事情があったので恨んでいるわけではありません(削られたのは半分僕のせいだし)。文章のタイトルを、記事のタイトルにしていないのも、別のところに寄稿したものであるからという遠慮です。本当は数年経ってからとかにすべきなんだろうけど、ごめんなさい。

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虫の生活―紙魚編― 〈1〉

 タイトルは最初『夜明けの睡魔』(瀬戸川猛資著/東京創元社)をもじったカックイイものを考えようと思ったもののセンスの持ち合わせがなかったので、敬愛する作家ヴィクトル・ペレ―ヴィンの(おかげでロシア語選択して苦しむことになった)『虫の生活』(群像社)にインスパイアされたものに。まあ、本が主食なのでピッタリか。というわけで、今年に入ってから読んだ本の中からチョイスしたお薦めを紹介します。原稿中のBGMはフィンランドメロデスバンド“Amorphis”2ndアルバム「Tales From The Thousand Lakes」。

 

Tales From the Thousand Lakes (Reis)

Tales From the Thousand Lakes (Reis)

 

 

フラン・オブライエン『第三の警官』(大澤正佳訳/白水社

第三の警官 (白水Uブックス/海外小説 永遠の本棚)

第三の警官 (白水Uブックス/海外小説 永遠の本棚)

 

  アイルランドの作家ってウィリアム・トレヴァーくらいしか読んでないよー(ウィスキーでは世話になってる)、と思いつつ、飲み屋で自転車小説について語りあってると必ず話題にあがる本書を。本項タイトル元ネタになってるペレ―ヴィンも自転車小説?「倉庫XII番の冒険と生涯」を書いていて、こっちは自転車に憧れる倉庫くんの話。なんとなくジョン・スラデック「教育用書籍の渡りに関する報告書」のラストにも似た爽やかな読後感の短編です。話は戻って、本書はアイルランドの変てこ作家オブライエンの問題作。第二作ながらそのぶっ飛んだ内容で出版社に拒否され、死後の一九六七年にようやく出版された。ちなみに四作目の「ドーキィ古文書」(『世界の文学16 スパーク/オブライエン』収録/集英社)も「聖者が自転車でやってくる(The Saints Go Cycling In)」(ヒュー・レナード脚色。これも死後)というタイトルで上演されていて、よほど自転車と縁があると見える。内容は、ラスコーリニコフよろしく金持ちの老人殺して金奪おうぜ、と雇人の癖に妙に生意気なディヴィニィに唆されて、シャベルで殴り殺すのだが、これで安心とばかりに老人邸へ金庫を盗みに入り、金庫に手を伸ばしたところで突然の閃光、世界が変転する感覚とともにおかしなことになってしまう。何故か入り込んでしまった三人の警官が管理し、自転車と融合してしまった自転車人間が闊歩(闊車?)する世界。そのうえ老人殺害の罪を問われ、絞首刑に処されそうになる。突然話しかけてくるもう一人の自分、カフカの『城』を思わせる堂々巡り、盗んだ自転車で走り出した先に待ち受ける驚愕の結末。各所に挿入される主人公のライフワークである架空の学者ド・セルヴィ(独自の奇妙な論理に則ったいささか牽強付会にも思える哲学的で魔術的性格を帯びた思想や分析を多数の自著で披露している)に関する研究の断章も変てこだ。オブライエンにおけるド・セルヴィは、ヴォネガットにとってのキルゴア・トラウトのようなものだろうか、真面目なのか適当なのかよく分からない論考が多数紹介されている。そこかしこで言及される様々な論考の内容は作品自体との緩やかな相関関係を感じさせる。淡々としていながらユーモラスで風刺的な奇書、読書欲を誘うではないか。オブライエンの命日はエイプリルフール、最後までユーモラスな作家である。同作者の「スウィム・トゥ・バーズにて」(『筑摩世界文学大系68 ジョイスⅡ/オブライエン』収録)も本書と同じく白水社Uブックスから刊行予定のようだ。

 

ジーン・ウルフ『ピース』(西崎憲・館野浩美訳/国書刊行会 

ピース

ピース

 

   待望のジーン・ウルフの初期傑作『ピース』(長編三作目)が邦訳された。それとは別に、国書刊行会から『ジーン・ウルフの記念日の本(Gene Wolfe's Book of Days)』及び『ウィザード・ナイト(The Wizard Knight)』シリーズ(四分冊らしく『The Knight』の上とかになるのかな?)も近刊であるらしいので、ネット上でも一部の熱狂的なウルフファン(シャーロキアンラヴクラフティアンチャンドリアンラファティアンのように名づけるならウルフィアンとでもするべきかもしれないが、語呂が悪い)の間で「今年はウルフ祭だ!」と話題になっていた。僕がウルフ童貞を失ったのは『Bibliomen:Twenty-Two Characters in Search of a Book』収録の「Sir Gabriel」、僕はこれを読んで泣いてしまった。こんなに深く感動させられる掌編には未だかつて出会ったことがない。その後『乱視読者のSF講義』(若島正著/国書刊行会)に邦訳が収録されたので、是非ご一読を。原書読みの方は、一九八四年版『Bibliomen:Twenty characters waiting for a book』(副題はサミュエル・ベケットゴドーを待ちながら』を意識している)と、一九九五年版『Bibliomen:Twenty-Two Characters in Search of a Book』(こちらの副題はご存じのとおりルイジ・ピランデルロ「作者を探す六人の登場人物」が元ネタだ)とを読み比べてみるのも一興だろう。重層的な物語構造がペダントリーで彩られ、恐ろしく精緻に作り込まれたウルフの小説は、人によっては長編から読むと挫折してしまうこともありうる(その魔術的技巧、複雑で入り組んだ万華鏡の如き世界が魅力でもある。日本だと山尾悠子の作品を思い浮かべてもらうと良いかもしれない)。しかしそれではもったいない。というわけであまり自信のない方は短編集(ほぼノヴェラなのだが)『デス博士の島その他の物語』(国書刊行会)の表題作が分かりやすく素直にウルフの魅力の一端を楽しめるだろう。より分かりやすい作品としては、チェス小説アンソロジー『モーフィー時計の午前零時』(若島正編/国書刊行会)に収録されている「素晴らしき真鍮自動チェス機械」がある。ひねくれてもいるが、抒情的でミステリチックな良作だ。このアンソロジーはチェスプロブレムやノンフィクションまで収録した風変りな一品なので、ウルフ関係なしにも買う価値がある(笑)。表題作のフリッツ・ライバーの一編はまさに幻想文学の巨匠の面目躍如といった感じで、ついついAce Doubleの『Night Monsters / The Green Millennium』を取り出してニヤニヤしてしまった。さて肝心の『ピース』の話をしよう。物語はアメリカ中西部に住む四十五歳?の男オールデン・デニス・ウィアの現在、過去、未来の記憶を行きつ戻りつしながら、蛇行した悠久な時の川の流れを“ぼく”の視点から回想していく。しかし、語り手の正体には薄いもやがかかっている。脳卒中の症状と不安について病院のヴァン・ネス医師に相談する(ヴァン・ネス医師の専門もこの時点で少し気にかかる)彼の名は本当にデニスなのか、その年齢は、子供時代の回想をしているのは誰なのか、気にかかる点はいくつもある。序盤の回想のあるシーンではお手伝いであるアイルランド娘が、デン坊や(デニス)の背後に彼女だけが見える幽霊のようなものがいることを示す。ところどころで登場人物たちは“ぼく”に、暗示的な民話、神話を語り始める。信頼できない語り手(というより叙述の陥穽か)のもと、そこかしこに配置された手がかりを元に物語を解釈していくのはこれ以上ない読書の快楽だ。一読しただけではとても把握しきれない物語の深み、ハマると抜け出せなくなる、いくら再読しても発見がある。汲めど尽きせぬ愉しみが湧く泉がウルフの作品だ。

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※ここまでが元の原稿。『ピース』については、ヴァン・ネス医師の専門が云々を消そうかと思ったけれど、やめておいた。ウルフの作品でそうすると読むたびにそこここを書き換えねばならぬことになりかねないから。このときはこう思ったという記録でいいのです。