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主に虚構に関する生起しつつあるテクスト

ダリオ・トナーニ『モンド9』(久保耕司[訳]/シーライトパブリッシング)

 

モンド9 (モンドノーヴェ)

モンド9 (モンドノーヴェ)

 

  以下、あらすじより引用。

不気味な巨大船<ロブレド>を軸に展開される、生物と機械を巡る四つの物語。

機械と生物が境界を越えて、互いを侵食する。

機械部品は血肉と混ざり合い、肉体は毒に蝕まれて真鍮に変容していく。

機械は毒薬によって死に、機械の命令で巨大な鳥が産んだ卵から生まれるのは機械部品。生物は金属に侵され、機械は生命の営みを行う。

砂の下に潜むのは屑鉄を食する奇妙な生物<錆喰らい>、そして勃発する機械と機械の戦い…

 

 去年から『二十一世紀の脅威』(エミリオ・サルガーリ著)、『時鐘の翼』(ルカ・マサーリ著)と、久保耕司氏翻訳によるイタリアSFを立て続けに刊行してきたシーライトパブリッシングから出た異形のスチームパンクSF。

 イタリアのSF賞である、イタリア賞(SF大会参加者による読者賞。日本なら星雲賞か)、カシオペア賞(審査員による年間ベストSF作品に与えられる賞。こちらは日本SF大賞かな)を両方受賞した作品らしい。)

 ダリオ・トナーニ氏の作品が日本で刊行されるのは、これが初めて、そもそもイタリアSFって咄嗟に思いつかない。フェリクス・J・パルマの『時の地図』『宙の地図』が思い浮かんだが、あれはスペイン、地中海を挟んで反対側である。全然違う。その前にあげた二作のイタリアSFも残念ながら未読なので、イタリアのSFってどんなんだろうとワクワク。

 ジーター、パワーズ、ブレイロック、最近ではチャイナ・ミエヴィルに心酔している僕はもちろんスチームパンク小説は好物だ。青背で出ていた『クリスタル・レイン』(トバイアス・S・バッケル)なんかも中々読みごたえがあった。ちなみにこのバッケル、HALO(ヘイロー)のノベライズなんかも翻訳されている。

 このモンドノーヴェはTwitter上でも趣味の合う知人たちが傑作と褒めていたので、そこそこ期待して読み始めた。

→大傑作でした!!

 というわけで、ようやく各章感想プラス総評です。

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 「CARDANICA カルダニカ」

  砂の惑星<世界ー9>を航海する自立式タイヤユニット六輌を連結した巨大砂上船<ロブレド>が難破。船長ガッラスコと副長ヴィクトルは、自動で分離・帰還する継手タイヤユニットの一つに乗って脱出するが、ユニットは手動操作も出来ず、外も見えず……継手タイヤ<カルダニク>からは謎めいたメッセージが届く。滑車と歯車に囲まれ、蒸気によって高温多湿の閉鎖空間で二人は精神的に追い詰められていく。

 プロローグから、錆びたネジやボルトを喰って、ぴかぴかにして吐き出す<錆喰らいアザミ>だのが登場し、継手タイヤ<カルダニク>はどうやら異質な知性を持ち、生存欲求のために人間を利用しようとする、と雰囲気は満点。

 人間をまんま機械部品みたいにするってのは『スノーピアサー』という映画でも(ネタバレ)あったけど、これは機械が無理やり、人間を機械に取り込んでしまうのが恐ろしい。

 この章ですでに気づくことだが、この小説自体、ホラーの範疇にある。それもサイコホラーであり、スプラッタホラーだ。生物と機械とが相食むように異形化していくビジョンが素晴らしい。

「ROBREDO ロブレド」

  前章冒頭でわずかに言及された、モンドノーヴェの亜熱帯に暮らす風の放浪民ギモルの少年の物語。

 父と二人で旅するユースフは、難破船<ロブレド>を発見する。残骸にはパーツの入った金属の卵を産む鳥が巣を作っていた。

 ユースフの拾った金属の卵からは、蒸気を吹きだす鳥と機械の雑種が生まれ、それは金属を溶断し、自らに溶接して成長する。

 父を歯車の滑りをよくするオイルに変え、<ロブレド>はユースフを機械の世話人として監禁する。機械の密室の中で二十年にわたり生き延びたユースフは……。

 広大な砂漠、巨大建造物、壮大なスケール、でも物語は歪な閉鎖空間の中で進む。

 機械が生物を侵食する。鳥を操り、交換部品を次々と生ませ、自らを修理・拡大してゆく船。鬱々とした展開ながら、徐々に世界の様子が明らかにされていくのは愉しい。毒の砂の惑星を生き抜くために、機械が知性を獲得し、生物が機械と融合する。

 身の毛もよだつ世界観をよくぞ構築してくれたと喝采を贈りたい。

「CHATARRA チャタッラ」

 屑鉄の島<チャタッラ>へ遺棄船<ロブレド>を殺しに乗り込む<毒使い>の姉弟の物語。<毒使い>とは化学薬品を使って、機械から抵抗する力を奪って従わせたり、ときには殺したりする職業の者たちのこと。主人公の少年マルチェロは見習いで、四歳年上の姉ララと二人で船で<チャタッラ>へ潜入する。

 少年少女の冒険譚かな、と明るい展開を期待すると手痛いしっぺ返しを食うことになる。モンドノーヴェの悪夢は力なきものをこそ食いものにする。

 この章ではそれまでも断片的に登場していた<疫病>の詳細が描かれる。<疫病>は人間など生物に感染すると、その肉体を生きたまま、たったの数時間ほどで真鍮へと作り変えてしまう恐ろしい病である。

 二人は空洞となった<チャタッラ>の中で、<疫病>に感染した男を発見する。どうやら、<疫病>は塩水によって症状の進行が遅れるようで、海水に浸かっていた男の足だけが真鍮化を免れていた。一度感染すると助けることは出来ない、ララは慈悲とばかりに足を空気中に出してやると、男は悲痛なうめき声をあげた。二人は耳を塞ぎながらその場をあとにする。

 <毒使い>は機械に毒を投与して、殺したりするのだが、その方法も面白い。毒薬を投与したネズミを使うのだ。そのネズミを適切な意思で離してやると、そのネズミを捕食した機械にも毒が回るというわけ。機械と生命が同じ食物連鎖に組み込まれ、しかも上位に位置するのは機械である。人間たちは知恵を使って、機械を利用し、戦い、そして捕食される。

 息絶えたあるいは死にかけた機械たちのコロニーとも言える<チャタッラ>は、近づく生き物を片端から捕食して拡大し、遺棄船たちは傷を癒して再び動き出す。人が造りだした機械が、意思を持ち、あらゆる生命に敵対する。

「AFRITANIA アフリタニア」

 再びガッラスコが登場する。難破した<ロブレド>から<カルダニク>で脱出して、どうにか生き残った彼は、別の船<アフリタニア>に乗っていた。

 この章にてようやく読者は閉鎖空間から解放される。いや別に解放されたわけではないのだが、これまでが機械が人間を捕食して、胃の腑で消化するようすをねっとりと描いた物語だったのが、人間を食らい成長した機械どもが、今度は巨大な機械同士で共喰いを始める話なのだ。

 プロローグでも登場した<錆喰らいアザミ>の超巨大種も登場し、船から砲撃して戦ったりする。怪獣大決戦みたいだが、けしてそんな爽快感はない。乗組員たちはすでに船のシステムの一部に組み込まれた歯車に過ぎなくなっている。

 食欲と性欲は密接に関連しているが、この小説自体、機械が生命を強姦する小説だった。血と骨と肉を潤滑剤にしたどろどろの異種交配は生理的不快感を催させ、それが被虐的な読書の快感を煽り立てる。

 そしてついに人間たちの一部は機械を受け入れ、人間とも機械ともつかない新たな意思が<モンド9>に生まれ落ちる。

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  章と章の間には間奏が挟まれ、そのいくつかは日記や本などの虚構の書からの引用の体裁をとっているのも物語を盛り上げている。よくある手法だが、物語の奥行のようなものが感じられて嬉しい。登場人物たちが軒並みくたばっていくので、どれも遺書のように思えてしまうのに笑うけれど。

 『モンド9』に似た雰囲気を持った小説が今年日本でもSF大賞をとっている。酉島伝法『皆勤の徒』がそれだ。少なくとも僕が読み始めたときの感触はほぼ同じものだった。

 もちろん、『皆勤の徒』が「いやー、人生大変だし、嫌になっちゃうよ。てへへ」というある種の能天気さを感じさせる小説だったのに比べ、『モンド9』にはそうしたゆるさがない。『皆勤の徒』は肉と肉のぐちゃどろの混じりあいを描いたゆるふわハードSFだった。その気持ち悪さはグレッグ・ベア『ブラッド・ミュージック』と同じ性質のもので、それは理解できる。面白いのは『モンド9』のように機械と肉体の交わりを描いたら、サイバーパンク的なスタイリッシュさがありそうなものだが、そんなことは一切なく、血と臓物、歯車とオイルの泥臭さによって、異種同士の交配を近親相姦のように見せていることだ。このあたりはスチームパンクというレトロなテクノロジーをテーマにしたからこそ出来たことかもしれない。

 とにかく同じ手触りを持ったSF小説が、日本とイタリア、まったく離れた二つの細長い国で、同時期に生まれていたというのは運命を感じる。今、SF界にはぐちゃどろで気持ち悪くてスプラッタホラー的、そんな僕の偏愛する世界観の時代が来ているのではないか。そんな願望を口にしたくなる。

 この『モンド9』の表紙や挿絵はフランコ・ブランビッラ氏という方が書いているらしいのだが、それが実によく世界観を反映していて素晴らしい。美麗なCGが異形の悪夢により強い現実味を持たせてくれる。

 ちなみにこういう『The Art of Mondo9』という画集も出ていて、欲しくて欲しくて仕方がない。各国AMAZONで探したが見つからなかった(探し方が悪いのかも)。早く日本でも買えるようになることを祈るばかりだ(ならない? それこそあってはならないことだ!)。

 そして読了ツイートに作者のダリオ・トナーニ氏からリプライを頂いて、恐縮しました。ファンダムにも理解のある方のようです。

 

追記

 本当は開催前に告知しておけば良かったのだが、今年五月に行われたSFセミナーでは、ロラン・ジュヌフォール『オマル―導きの惑星―』を起点に、非英語圏SFを語る、という講演を企画した。こちらの企画でも北原尚彦氏が『モンド9』を紹介して下さった。僕の未熟さゆえ、北原氏が気合を入れて解説して下さった情報を落とし込みきれなかったのが残念だが、今月発売のSFマガジン8月号に企画レポートを寄稿している。そちらも読んでもらえると嬉しい。

 一応、日本SF界に非英語圏SFムーヴメントを起こそうと(超微力ながら)画策し続けてはいるので、ダリオ・トナーニ氏の著作がもっと翻訳されてくれれば、今度はそれを突破口にイタリアSF企画とかをやりたいなと思っている。