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主に虚構に関する生起しつつあるテクスト

21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集『時間はだれも待ってくれない』 高野史緒◎編 <前>

時間はだれも待ってくれない

時間はだれも待ってくれない

 

 

  2011年秋に出版された、東欧という文化圏を再定義しつつ、SFやファンタシー文学を介して、東欧という文化圏の魅力を伝えるという目的を持って、高野史緒女史が編纂した、珍しい内容のアンソロジー。

 本来のファンタスチカとはどのようなものかという事を知ってもらうためにも、初めにこの本を紹介してみることにした。

 一篇一篇紹介してみたいので、長さを鑑みて前・後に分けた。

 

<オーストリア>

「ハーベムス・パーパム(新教皇万歳)」

著:ヘルムート・W・モンマース

訳:識名章喜

 宗教を扱ったSF自体はとくに珍しいものではなく、およそそれなりのスケールの物語を構成しようとしたらほぼ間違いなく取り扱われるテーマである。

 しかし、銀河系外にまで布教されたカソリックにおけるコンクラーベSFというのは例をみない(と思う)。

 ちょうど、現代の教皇ベネディクト16世からフランシスコへ交代したばかりだ。この作品ではベネディクト17世が逝去し、次代のローマ教皇の座を決めるためにコンクラーベが行われ(未来になっても儀式の作法に変化はない)、それを取り扱ったTVの討論番組という形式で記述される。

 魚型異星人がどうやってコンクラーベで秘密主義を守りながら投票を行うかなどと言ったことが大真面目に説明されたり、枢機卿のうち二十数名は老人性痴呆で投票権を無くしたりとバカSF(褒め言葉です)と呼ぶにふさわしい作品なのだが、分かりやすいオチがつくわけではない。オチに頼らず淡々とブラックユーモアとともに(ぼくらが見ると変にみえるけれど、恐らく作品世界では切実だろうと思われる問題が)語られる様子は笑いを誘う。

 かなり凸凹な印象のあるこのアンソロジーの中で、特に気に入っている短編の一つだ。

 

ルーマニア

「私と犬」

著:オナ・フランツ

訳:住谷春也

  息子を尊厳死させた男のその後の人生が語られていく。主人公は絵に描いたように謹厳実直な男で、自分に出来る最良のことを淡々と行える人間だが、良かれと思い息子の生命維持装置を切った数日後に安楽死禁止法(確率は低いものの植物状態からの治療方法が確立されたため)が発布され、そのことは男から少しづつ気力を奪っていき……。

 作中では命に係わる重大な病気を絶対確実な方法として、犬が人間の病気を嗅ぎ分け、さらに犬の嗅ぎ取った情報を読み取る装置が開発され、患者とペアになる犬には患者と同じ名前がつけられ、「私ー犬」となる。

 ストーリーとしての盛り上がりや新規性は少ないが、しみじみとした情感のある小品といったところだろうか。

 

「女性成功者」

著:ロクサーナ・ブルンチェアヌ

訳:住谷春也

 大成功した建築家の女性による伴侶探しを扱った作品。編者は違うというものの、ぼくには「現代女性のパロディ」であり「はすに構えた風刺」にしか見えなかった。

 しかし、人生の伴侶として自分の好みに作ったロボットを買うのが一般的な世界というのは、ぼくのようなフィギュア世代(と頭悪そうな批評家が言っていた)の目には、即物的な魅力がある。

 どう読めばよいか迷った作品だが、声高なフェミニズムというのに違和感を覚えるぼくにとってはそれなりに共感を覚えられる作品であったことには違いない。

 

ベラルーシ

「ブリャハ」

著:アンドレイ・フェダレンカ

訳:越野剛

 21世紀と銘うった作品集に90年代の作品である「ブリャハ」が収録されることに意味は確かにあった。作者は東欧の近現代を語るうえで外せないであろうチェルノブイリ原発事故で最も放射能に汚染された地域の出身者。

 汚染地域に残ったマイノリティの希望無きサバイバルを描いている。

 SFらしい出来事は一切起こらないのだが、人間のエゴと科学技術の結婚による荒廃が、その悲痛さがひしひしと伝わってくる。あくまでも汚染地域にとどまる人々の精神構造とそれを取り巻くあまりに末期的な空気が異様な雰囲気を醸し出している。

 頭一つとびぬけた出来の短編である。

 

チェコ

「もうひとつの街」

著:ミハル・アイヴァス訳:阿部賢一

 作品中でも異色の「あらすじ+長編の一部抜粋」という形態をとっている。その後、同長編は今年2月に河出書房新社から出版され、それに合わせて著者も来日した。

 <私>による幻想的なプラハの裏に広がる「もうひとつの街」の探索の様子が語られる。SF者に対してはチャイナ・ミエヴィル「都市と都市」に似ていると言えばわかるだろうか。しかし「都市~」に比べるとかなり幻想色が強く、ほとんどシュールレアリスティックな情景が描かれ、主人公が彷徨する様子からは阿部公房を思い浮かべる方が楽かも知れない。とはいえ、抜粋だけでは少々物足りなさや意味不明さの方が際立つので、早くきちんと長編を読んでみたい。

 

<スロヴァキア>

「カウントダウン」

著:シチェファン・フスリツァ

訳:木村英明

 またしても原発ネタ。東欧の人々にとっては原発はよほど恐怖の対象らしい(などと笑っていられなくなる事態が日本でも起こったわけだが)。

 歴史改変SF。中国共産党独裁政権打倒を標榜する過激派がヨーロッパの原発を一度に占拠しまくり、中国に対して自由のための闘争を始めなければ、原発を爆破すると脅迫を行う。

 勃発する事態もさることながら、登場人物たちも放射能に侵された元軍人の英雄、エイズの元娼婦などと末期的だ。なんでこんなに希望のない日常を描けるのか(ぼくはこういうの大好きです)。

 目的と手段の逆転は滑稽だが、同様に最も恐ろしくもある。

 

「三つの色」

著:シチェファン・フスリツァ

訳:木村英明

 「とある無慈悲な狙撃手(スナイパー)」とでも言っちゃえば良いのか。これもIFモノ。紛争状態にあるチェコスロヴァキア(だと思う)での戦闘行動がスナイパーの目を通して垣間見える。

 ほんっとうに救いも糞もなく、兵士も民間人も平等に死に、希望は潰え、紛争は続く。

 しかし、この作者どうやら30代半ばにして自殺したらしい。言わずもがなであった。だけど、こういう悲壮で乾いたユーモアしかない作品て好きなので、勿体ない。

 

 

 ひとまず前半戦終了と言ったところか。

 玉石混交というのが正直な感想。またSFを訳すにはSFの知識が必要なようで、どれとどれとは言わないが、訳がひどくて読むのが苦痛だった作品がある。

 それでも翻訳が出るだけマシだし、訳者にも感謝しなければならないだろうが。

 

 次回へ続く。