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主に虚構に関する生起しつつあるテクスト

ジェフ・ヴァンダミア『全滅領域』ハヤカワ文庫NV(酒井昭伸[訳]/早川書房)

全滅領域 (サザーン・リーチ1)

全滅領域 (サザーン・リーチ1)

 

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〝邪悪なものが世界に在るというのに、休んでいられようか……神の愛は忍耐の限界を理解する者に輝きをもたらし、赦しを与える……より高次の力に仕えるために選ばれし者は……〟

 突然世界に出現した謎の領域〈エリアX〉を調査するため、監視機構〈サザーン・リーチ〉は生物学者、人類学者、測量技師、心理学者の四名からなる第十二次調査隊を送り込んだ。彼らがそこで見たのは、奇妙に複雑化した遷移性生態系、不可解な現象、そして内壁に不安を煽る予言めいた文言が記された地図にはない謎の構造物だった。

〈エリアX〉の一帯はウクライナチェルノブイリペンシルベニア州セントラリアあるいは福島第一原発警戒区域のごときゴーストタウンと化している。荒廃した土地をうろうろと放浪し、主人公である生物学者によって〈塔〉と名づけられた地下迷宮(ダンジョン)めいた建造物をパーティで探索する展開はまさにダンジョンRPGだ。湿地や海の描写は皮膚を粟立たせ、アシの原には不気味な哭き声が木霊し、なめくじが這いずったような痕跡を残しながら謎の文章を綴り続ける怪生物が調査隊に襲いかかる。あとがきにもある通り、著者ジェフ・ヴァンダミアが稀代の幻視者H・P・ラヴクラフトの影響下にあるというのも頷ける。作品全体に横溢する恐怖 (ホラー)の手触りは粘膜めいて、生理的嫌悪感を催させる。

 生物学者の〝わたし〟の残した手記の形式をとる本作は、主観を排して客観的な視点を確保するためとして監視機構が固有名詞の使用を禁じているために、調査隊の面々は記述者を含めて全員が職業で呼称されている。読者の目からは隠れた背景である世界は〈エリアX〉という異界に侵食され、調査に入ったメンバーには意識と肉体の変容がもたらされる。アイデンティティに対する侵食は、測量技師の逆上に際して発せられた「名前をいってごらん! あんたのろくでもない名前を!」というセリフに代表されるように徐々に顕著になっていく。固有の名前を与えるという行為によって理解不能な概念を征服するように(言語にはそうした力があり、作中でも一つのテーマとして登場する)、生物学者は怪生物に〈這うもの(クローラー)〉という名をつける。自身のうちにある恐怖や欲望の根源を目指して次第に内省的になる様子はニューウェーブを彷彿とさせる手法だ。次々と起こる奇怪な事象が横糸に、ストーリーの進展に合わせて明らかになっていく〈エリアX〉の謎(〈塔〉内壁に綴られた怪文章の意味)と生物学者の過去が二重の縦糸になっている。

『全滅領域』は、アルカジイ&ボリス・ストルガツキーの小説『ストーカー』、同原作の映画やゲーム、『ブラインドサイト』(著:ピーター・ワッツ)、「ダイヤモンドの犬」(著:アレステア・レナルズ)といったダンジョン探索系SF、あるいはラヴクラフトが代表するような幻想怪奇小説が好きな読者にとって、この上ない愛読書(パートナー)になってくれる小説だ。

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 真面目な書評はここまで、以下書き散らし。

 ネタバレあるかもだから、嫌な人は読まないでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 好きなんですよ。世界じゃめちゃくちゃ大変なことが起こってるのに、主人公はすっごい個人的なことでうじうじして、いつの間にか取り返しのつかなくなってる話。しかも大抵、ハッピーエンド???みたいな終わり方するやつ。

 今回は死に別れた(それ以前に絆が切れかかってた)旦那の事で思い悩む生物学者たんに萌えた。なんだこれ、クーデレじゃねえか。※デレるのは旦那が死んだ後です。

 そして思わせぶりな語り口といい、手記という形式といい、ぬるぬるした化け物といい(ただし生物学者ちゃんは海洋生物大好き、というか人間以外の生物大好きっ娘)、人間の肉体と意識が変容していく様子といい、アイエエエエ! 御大!? 御大ナンデ!?(ラヴクラフト・リアリティショック=LRSを受けた顔)となってしまう。※読者により症状に差異があります。

 ただし、適当に読んでると色々と細かい点を見逃して充分に堪能できない恐れあり。イルカの正体とかも結局思わせぶりなだけで終ってるし、最初に出てきたときはあれが旦那に違いないと思ったんだけどなあ。心理学者や監視機構の思惑について上では書かなかったけど(一応千文字前後となんとなく規定している)、手がかりを集めて推理するのも楽しそうだ。あとがきによれば、どの程度かはともかくとして、続編でその辺りの謎も明かされるらしい。そもそも今回の話にしたって、全部が全部生物学者の主観によるものだから(しかも一番〈エリアX〉に変異させられてるのこの人)、どこまで信用したものか分からない。

 とはいえ、それぞれの事件について描写を見逃さないようしっかり注意して、どれが何の痕跡なのかについて推理を働かせればミステリ的にも面白く読めるはず。答え合わせは続刊でするしかないけど。

 とにかく続きを待ち望んでます。

 あと酒井昭伸ファンも見逃すな。格好良い翻訳造語天国(今回はそれほどでもないか)を楽しめるぞ!