« THE FANTASTIKA ARCHIVES »

主に虚構に関する生起しつつあるテクスト

河出書房新社「とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 - ジョイス・キャロル・オーツ傑作選」ジョイス・キャロル・オーツ

 

とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 ---ジョイス・キャロル・オーツ傑作選

とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 ---ジョイス・キャロル・オーツ傑作選

 

 

以下、河出書房新社サイトより引用。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 美しい金髪の下級生を誘拐する、有名私立中学校の女子三人組(「とうもろこしの乙女」)、屈強で悪魔的な性格の兄にいたぶられる、善良な芸術家肌の弟(「化石の兄弟」)、好色でハンサムな兄に悩まされる、奥手で繊細な弟(「タマゴテングタケ」)、退役傷病軍人の若者に思いを寄せる、裕福な未亡人(「ヘルピング・ハンズ」)、悪夢のような現実に落ちこんでいく、腕利きの美容整形外科医(「頭の穴」)……。

 1995年から2010年にかけて発表された多くの短篇から、著者自らが選んだ悪夢的作品の傑作集。ブラム・ストーカー賞(短篇小説集部門)、世界幻想文学大賞(短篇部門「化石の兄弟」)受賞。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  うちの実家ではTVブロスという雑誌を長年購読しているのだが、そこに豊崎由美さんが書評を連載されている。先日、実家に戻ったついでに読んだところ、ちょうどこの本が紹介されていた。あらすじからして、ぼくのための本に思えたので早速買ってきた次第である。

 

「とうもろこしの乙女 ある愛の物語」

 収録作の中では一番長く、中編くらいある。学習障害などを持つ子供たちが通う有名私立学校で起こる誘拐事件。現代アメリカ版恐るべき子供たちといったところか。

 犯人の少女たち、誘拐されたマリッサの母、冤罪に陥れられた男性教師、と寄り添う視点人物と場面とを転換しながら、マリッサは助かるのか、助からないのか、教師は冤罪を晴らせるのか、アルコールに依存するシングルマザーの危なっかしさ、そうした要素が絡み合いながら、サスペンスフルに展開していく。

 被害者と加害者の少女たちは学習障害発達障害を抱えているし、母親はシングルマザーであることの負い目からアルコールに逃避し始めてしまうし、冤罪に陥れられた教師はいい歳をして偏屈で子供じみている、不安定な部分を持つ彼ら全員が事件の進行とともに憔悴の度を深めていく。

 巧みな人物描写にも唸らせられる。短い作品で幾人もの人物の内面と過去を鮮やかに描きだすテクニックには舌を巻く。

 ” とうもろこしのひげのような ” 綺麗な金髪を持つマリッサと、その美しさとネイティヴアメリカンの豊穣祈願の儀式とを重ね合わせて、残酷な犯罪に走るジュード。純粋無垢なマリッサとジュードの歪んだ愛情の発露の対比が痛々しい。

 終わり方にしてもかなりしこりの残るものだ。

 

「ベールシェバ」

 糖尿病の中年男が謎の若い女に破滅させられる。

 かなり読者に解釈をゆだねる部分の多い短編で、荒涼とした自然と人間の野蛮はどこかランズデールを想起させられた。

 

「私の名を知る者はいない」

  猫です。生まれたばかりの赤ん坊に嫉妬するジェシカちゃんが、湖畔の別荘で古顔の猫と神秘的な交感を重ねて……。

 どうも幼い子供と猫を二人っきり(?)にすると、猫に命を吸い取られるという迷信が西洋にはあり、それを下敷きにした話らしい。

 まあ、猫SFだ、読んでおけって話ですよ!(普段、夏への扉をぼろくそに言っているくせに

 

「化石の兄弟」

  暴力的で威圧的な兄と兄弟の絆に不気味な執着を見せる弟。双子ものとして、「タマゴテングダケ」と対をなすと思われる短編だが、相変わらずその悪意と野蛮には身震いがする。とはいえ、こちらはどこか救いがあり、むしろ双子の消えない絆に感動さえさせられる。全体的な不幸の度合いはこちらの方が上だが、最終的には愛情が勝る。たぶん収録作の中ではもっとも後味が良い。

 

「タマゴテングダケ

 狡賢く冷酷な兄と知能は高く道徳的ではあっても実行力の伴わない弟。うじうじする弟にいらいらしながらも、毒キノコで兄を殺害しようとするのをはらはらと応援していると……。

 本当に兄貴が嫌な奴なんだな、これが。そして弟も弱い、精神薄弱である。むしろ弱さこそ悪ではないかとさえ思えてくるから不思議だ。

 そしてひたすら反目しあう兄と通じ合ったかな、と思ったとたんに。弟は本当は道徳的で正しい人間だったのではなく、ただ単に何かをする勇気を持たなかっただけの人物だったということが分かる。後味は悪いが、どこか心に残る短編だ。

 

「ヘルピングハンズ」

 夫を失ったばかりの金持ちの未亡人ヘレーネと退役傷病軍人ニコラスがお互いの傷を癒しあう恋物語、と見せかけておいて、ああひどい、ひどい。この人は本当に日常に潜む悪意のようなものを書かせたら天下一品である。

 少し前にも書いたが、ランズデールと似ている印象を受けるのは、良い人が出てこないものを書くからだろう。どいつもこいつもろくでもないのだが、小さな邪悪を大きな邪悪で上塗りするような手法が本当に気持ち悪くて、最高である。

 また直接的な暴力を描かずとも、野蛮な雰囲気をこれでもかと演出するオーツの技はここでも光っている。

 

「頭の穴」

  人物の描き方は相変わらず巧みだが、それは味付けに留めつつ、ぼくの愛するぐちゃどろスプラッタをブラックユーモア的に書き切っている。

 美容整形外科医であることにコンプレックスを持ち、妻との関係は冷え切り、資金繰りに困窮した中年医師が、目の前に転がりこんだチャンスとリスクを天秤に掛けて、一か八かに走ってしまう。警察と思いがけなく遭遇した医師の、親にオナニーの最中に部屋に入ってこられたかのような慌てっぷりはある意味微笑ましいが、その後ろには頭蓋骨からドリルが貫通し、脳みそを抉られた屍体がのっているのである。

 

 オーツの作品には、どんな場所にでも必ず悪意や不穏な何かが潜んでいる。そして、それらに躓いてしまう人間、積極的に加担する人間、助かる人、助からない人、あらゆる人間がいて、あらゆる側面を持つのだということを教えてくれる。そして、人間が持つ弱さは破滅の原因ともなるし、お互いに支え合う理由にもなる。

 なんどでも繰り返し読みたい、まさに傑作短編集でした。

 

 次回はもしかしたら、本の紹介じゃなくなるかも。

 あと買った本を毎回記録してみようかな、と思います。